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iPadと”The Computer for the Rest of Us” January 30, 2010

Posted by marr0528 in ipad, iphone, mac.
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まだ、実際に手にしていないモノについて、あれこれ書くのも可笑しいのかもしれませんが、情報に接すれば接するほどこのiPadは魅力的に見えてきます。ほぼ一目惚れだったiPhoneやMacBook Airを超美人だとすると、このiPadは第一印象はパッとしないけど知れば知るほど好きになる系(?)。こういう恋愛は危険な香りがしますね。

さて、少し目線を変えて、自分がMacでいつもなにをしているか、と考えた時に、表題に書いたような”The Computer for the Rest of Us”という言葉がどうしても頭に残るようになりました。

この”The Computer for the Rest of Us”は初期のアップルのスローガンで、「Macintoshはコマンドを打ち込んでコンピュータを操作する人(いわゆる専門家)以外の人のためのコンピュータだよ」という意味。その後、Windowsの市場制覇という不幸な出来事から、アップルユーザー自体が世の中のRest of Us(私たちの内の残り)な感じでしたから、それぞれがかなり思い入れのある言葉なのではないか、と勝手に思っています。

もともとアップルがMacに課した”The Computer for the Rest of Us”という存在意義についてですが、iPadの登場から遡ること半月前に、Jackさんが自身のブログ「おかゆ MacBook Air」でこんなことを引用されています。今改めて読むと、iPadについての答えが分かった気がするのです。以下、おかゆ MacBook Air – MacPeople 2010年2月号特別付録「マックのひみつ」はナイスから引用。

ここで、ジェフ・ラスキンのことばを引用します。ジェフ・ラスキンは次のように述べています。

ーーーMacintosh には、気に入らないところがあったわけですね。

Raskin そうです。ただし、それよりも現在のMacintoshが、かなり使いづらくなっている方が気になります。かつてMacintoshは「Insanely Great(狂おしいほど素晴らしい)」と呼ばれていましたが、いまでは「Insanely Gross(狂おしいほど粗野)」になってしまっています。

(中略)

私が、大型コンピューターではなく、パーソナルコンピュータに取り組んできた理由は、それを使いやすいものにしたかったからです。でも今日のMacintoshやWindowsは、このWindowsというのがMacintoshよりもさらに悪いのですが、昔の大型コンピューターと同じように、使いにくいモノになっています。もっとシンプルにしなければなりません。「computer for the rest of us (普通の人のためのコンピューター)」という思想は忘れられ、再び「computer for the specialist (専門家のためのコンピューター)」になってしまったのです。そこで私は、新しいプロジェクトに取り組んでいるのです」
柴田文彦、2004年『Macintosh Museum』91ページ、株式会社アスキー

この発言を踏まえるならば、テクノロジーに関する専門知識を有さなくても、Macを楽しむことができる(べきだ)といえると思います。それが Mac のいいところなのは周知のこと。

もちろん、僕もJackさんと同様にMacは最高だと思っていますし、十分に今でも”The Computer for the Rest of Us”だと思っていますが、考えようによってはMacは敷居が高い物になっているのかもしれないと思うようになったのは、すべてはこのiPadのおかげです。

だって、僕らがMacを開いてやることと言えば、ほとんどここでジョブズが挙げていること以外にないと思うんです。

これだけしかやらない人って、まさにRest of Usだと思うのです。しかも、これは元々ですが、「残りもの」だなんて言っておいて、人口比率的にはこっちの方が大部分なのです。あれもこれも、細かなことは考えなくて、シングルタスクで一時に一つのことさえ出来ればいい。キーボードは必要な時に画面に出てくればいい。ビデオチャットなんて、いつもやるわけではない。仕事がしたければ、iWorkを準備したぞ、と。

そうそう。このiWorkを用意してきたあたりに、ジョブズの覚悟が分かります。まさに、携帯以上PC未満の層を、このiPadで一気に根こそぎ刈り取ってしまおうと言うことだと思います。ええ、きっと出来るでしょう。

ジョブズは2001年以来掲げるデジタルハブ構想の中心に、常にMacを置いています。だから、iPodもiPhoneも母艦としてMacかPCが必要。でも、どこかの時点でiPadも母艦に出来るようにする気がします。iPad Camera Connector Kitがいい例です。カメラから直接写真も動画を取りこめる。iPadを、iPodともiPhoneとも、そしてMacとも別の名前にしたのは意図があるはずです。

Marrさんは、このタブレットにMac OS Xが載ることを夢見ました。Mac OS Xが載れば、ほとんど何でも出来る端末になるはずだからです。でも、今回のiPadを登場から得られるメッセージは、Macはしばらくの間、旧態然としたアプローチでいて良いのだというものなのかもしれません。

ジョブズは確実に、iPadをすべての中心に持ってくるはずです。そして機能が強化されていくiPadは”The Computer for the Rest of Us”となり、Macはいずれ”The Computer for the Specialist”になってしまうのだと思います。

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