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坂本龍一と爆笑問題の会話を聴いていて思ったこと。 September 2, 2009

Posted by marr0528 in diary, twitter, Uncategorized.
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Twitterで坂本龍一(以下、教授)が、NHKの「爆笑問題の日本の教養」に出ます、とおっしゃっていましたので、見ました。

Screen shot 2009-09-02 at 12.20.56 AM

MarrさんはYMOの頃からの教授の大ファンですが、最近は実際にCDを買ったり、ライブに行ったり、というまではいってません。教授の音楽に対する姿勢がなんとなく好きでした。

で、今日の番組を見ていて思ったことを忘れないうちに書いておきます。会話の中で、自分なりに理解したというか、考えたことを書くので、へぇ、と思って読んでください。別に教授も爆笑問題の二人も、そういう意図ではなかったのかもしれません。(長いうえに結論のない話なので、読まなくてもいいと思います…。)

教授のようないわゆる「本当の芸術家」(これ語弊があるかも)って、きっと自分の表現したい物を突き詰めていくと、誰にも理解できないもの(自分にしか理解できない表現)しか出てこなくなるんじゃないか、と思いました。それって、いわゆる奇声を発したり、部屋をピンク色に塗りたくったり、と尖っているものかもしれません。

でも、そうすると殆どの芸術家は、いわゆる商業的には成功できない(というか生活も出来ない)ですので、どうしても理解できる人の数を増やしていかなければならないのだと思います。

そして、もし「表現したいこと」が例えば「音楽」であれば、他人の理解を得るために用いるツールのが、それが音色だったり、リズムだったり、音階だったり、和音だったり、人の声だったり、歌詞だったり、見た目だったり、音楽とは別の個性だったりするのかもしれないです。こうやって、いろいろな音楽があり音楽産業が生まれてきたのだと思います。しかしながら、理解の幅を広げていくほど、自分が表現したいこと(自分らしさ?)はうすく無くなっていくんだと思うのです。

また、恋に恋い焦がれるじゃないけど、芸術家に憧れて、芸術家もどきな存在になる人も多い(というかそういう人ばかりが目につく)ようになるんだと思いまう。でもそれが悪いことなのかというと、そういう人にとっては、他人の真似や劣化コピーでも、それはその人の自己表現だから、そういう芸術なのだと思ってもいいんだと思います。

そうでなくても、他人に理解されやすいスキームの中で、理解のされやすさ、共感のされやすさに自分の表現の仕方を特化させていくことで、多くの人を感動させられることも、芸術家にはまた重要な要素のだと思います。特に、最終的にはそういうものが歴史に残っていくんだと思いました。

結局、どれに意味がないとか、どれは高尚で、どれは価値がない、という話は生産的ではなく、自分自身が(例えば僕自身が)その芸術家にどれくらい共感できるか、という価値だけが大切になってくるんじゃないかと思いました。

では、どういう芸術家に共感するか、というと、自分のスタンスで言えば、みんなが共感できるものに共感できるよりも、みんながあまり共感できないものにこそ共感できる、というほうがカッコいいんじゃないか、と思っていました。たとえば、番組でも紹介されていたJohn Cageの無音の楽曲とか、わかるわかる、と言えるようになりたいかもしれないのです。でも、それってあんまり意味がなくて、正直に分からないものは分からない、でいいのだと思います。(実際、分かりません。)

同じく、歌詞がついている曲に共感するのか、歌詞は重要でなくて楽曲が重要なのか、という話も一緒です。どっちも理解できるし、どっちでも共感できる自分は、実は結構便利なんだと思いました。

とすると、いままではとんがっていたい、と思っていた部分が、そうでもなくなってきたんじゃないのかな、と思いました。それって、善し悪しですよね…。んー。

と、こういうのって、難しい話だよな、と思ったわけです。ということで、何となく今日の記事は終わりにしますが、最後に。

戦メリのピアノソロ、やはり美しかったです。あと、教授のMacBook Proが輝いていて、最高に素敵でした(笑)。


Comments»

1. archerknewsmit - September 2, 2009

もうすぐアップされると思いますが、以下のサイトでVEOHをダウンロードしたら、番組のすべてがもう一回見れますよ。

http://veohdownload.blog37.fc2.com/blog-category-15.html

2. kazuki ishizaki - September 30, 2009

初めまして。40にしてブログ超初心者でair使いで教授ファンです。
Marrさんのコメント,よくわかる気がします。
難しいですね。「共感」できる感性(感受性?感覚?知覚器官?)そのものが経験や環境に規定されるという考え方もあるでしょうし。私はYMOとそれ以降の教授の音楽に「規定」されてしまったクチです。

3. marr0528 - October 1, 2009

kazuki ishizakiさん、はじめまして。コメント有り難うございます!

こういう感性の問題って、なんとも難しいですが、「よくわかる気がする」というお声がけはとても嬉しかったです。

ブログも拝見させていただきました。初心者とのことですが、是非がんばって続けてください!!更新、楽しみにしてます。

4. zacky - October 15, 2009

Marrさん,
性懲りもなく,サカモト氏の音楽についてまた考えてしまいました。少しだけ,引用させていただいています。事後報告で済みません;;


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