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「崖の上のポニョ(Ponyo on the Cliff the sea)」を観てきました。 August 19, 2008

Posted by marr0528 in Uncategorized.
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今年は、個人的に少し長かった気のする夏休みですが、ヨガとピラティスとペルヴィス(骨盤矯正)のレッスン三昧から始まり、途中で川越の妻の実家に行き(自分の実家は後回しです)、締めくくりは宮崎駿の最新作「崖の上のポニョ」鑑賞と、熱帯観賞魚の飼育に終わるという、不思議な一週間でした…。(以下、映画のネタバレも含まれます。)

きっとみんなそうだと勝手に僕は思い込んでるのですが、僕らは宮崎駿の映画を見て育った世代。ナウシカもラピュタもトトロも、台詞と場面は何となく全部頭の引き出し入っていて、何気なくスッと出てくるのです。だから、世代の違う妻がなんと言おうと彼女を連れて見に行く訳です、「崖の上のポニョ」を。

それで、感想は?作品の意図するところは?と聞かれると…、むーむずかしい。いや、映画としてはおもしろかったんですよ。でも、この作品のストーリーが一回観てストンと腹に落ちるタイプのものではない(なんでこれはこうなったの?という疑問符が多い)から、感想よりもまずは作者の意図を読もうとしてしまうのです。

で、監督が何を言おうとしているのか、というところを考えると…。いつも映画を見終わると、妻と感想を共有しながら帰るのですが、それは環境問題とか、いや、そんなことがテーマが軽すぎるだろう、と思ってしまったのが失敗で、今回は自分の頭の中でぐるぐるぐるぐると考え込んでしまいました。結果、まとまるまで時間がかかりました。

こういう作品の常ですが、世間ではいろいろ賛否両論もあります。また、宮崎駿監督が「神経症と不安の時代に描く、母と子の物語」と自ら語っています。僕は映画を見たあとにこの言葉に触れましたが、いや、これはこれできれいにまとめてますね。で、僕がポニョを観て思ったのはこれ。

「世の中、想定外のことだらけだから、物事にまっすぐ立ち向かおう。」

予想外・想定外のことが起きるから、どんな物語もおもしろくなる訳で、基本的にはどんな小説でも映画でも、そういった出来事が起きるのは前提です。でも、宮崎駿の場合には、登場人物や観客にとっての想定外の出来事の度合いが、作品を経るごとに大きくなり、しかも神がかってきていて(人の力ではどうにも出来ないレベルに至ってきていて)、観ているこちらか完全に置いてきぼりになるような感想を持ちました。

だって、金魚(?)が人間になっちゃうんですよ。と、そこから疑問符をつけるとどうしようもなくなってしまうのですが、僕が唖然とした(悪い意味ではありません)のは、一度お父さんに海に連れ戻されたあと手足の生えたポニョが、海の中からぐいぐいと海上にやってきて、大津波の上を座敷童のように走るところ。一方では波にさらわれるんじゃないか、って言う息もつけない展開なのに、ポニョは楽しそうに走ってるのです。えーっ!どうなっちゃうの、この世界は?!って感じ。

そもそも、僕は理由のわからない天変地異は本当に恐ろしいと思います。ナウシカの映画で、玉蟲の大群が押し寄せてくるのは怖かったですが、その理由は映画の中で描かれました。もののけ姫のときも、そうでした。でも、今回は違います。観ている僕は、宮崎駿の神がかった天変地異に完全に置いてきぼりをくらって参ってしまうのです。ちょっと話がずれて来てるので戻します。

で、そういう想定外だけでなく、物語の中では大小様々な想定外が繰り返されます。それが小気味よくプラスだったりマイナスだったりしながら繰り返されるのは、宮崎駿ならではの巧さだと思いました。そういうところは、前作ハウルの動く城あたりから、宮崎駿とジブリの仲間たちが熟練された技能を存分に発揮してる感じがしました。

それはともかく、そんな想定外の繰り返しの中で、僕をひとつの解(作品の意図)に導いてくれたのは、大津波の中を車でなんとか家まで帰ってきたところに、魚だったポニョが人間になって現れたあと、みんなが崖の上の家の中に一緒にいる状況で、リサ(お母さん)が宗介(5歳の主人公)に伝えた言葉。きちんと覚えていないのですが、それは、「今夜はいろんな不思議なことが起きているけど、それが何故だかは今はおいておこう」という主旨のものだったと思う。

想定外の世界を生きるって、そういうことなんだお母さん、と僕は気づいた訳です。まず、僕らはありのままの今を生きるしかないのです。

で、そんな世界で、最終的にうまくやっていったのは四人(?)です。「ポニョ、宗介が好き!人間になる!」という気持ちにまっすぐなポニョ。「ポニョは僕が守ってあげるよ。」と、魚だったポニョにまっすぐ向きあう宗介。いろんなことが映画の中で起きても、二人はまっすぐだから、幸せな結末を迎えられるのです。それから、二人のお母さん(リサとポニョの母)もなんだかうまくやっていました。これはもう、母であることの強さ・偉大さだと思います。

で、結論として、僕は母にはなれませんから、まっすぐに生きることの大切さ、を僕は再認識する訳です。

上手くまとまりませんでしたが、以上が僕なりの読解でした。

それはともかく、いっさいのCGを使わなかった美しい絵も、おなじみ久石譲の音楽も、一度聞いたら忘れられないキラーチューン「ぽ〜にょぽ〜にょぽ〜にょさかなのこ♪」も、どこかで見たことのある構図の数々も、斬新なエンディングとスタッフロール(ロール?)も、どれも宮崎駿らしくてよかった、と思いました。(今回は最後まで、空を飛ぶことがなかったのだけが、少し意外でしたが。)

宮崎駿監督、さすがにもう次回作の予定はないのでしょうか。もう、先が見えたとかおっしゃらないで、ぜひ頑張ってほしいです。


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