K-Balletの「ロミオとジュリエット」を観る。 November 4, 2009
Posted by marr0528 in Uncategorized.Tags: ballet, k-ballet, romeo and juliet, tetsuya kumakawa
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Marrさんのバレエ観劇第7弾は、熊川哲也のKバレエカンパニーが贈る「ロミオとジュリエット」。いつもと同様に妻に誘われて観てきました。ちなみに、Kバレエは3回目ですが、演目として「ロミオとジュリエット」を観るのは初めてです。
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」自体を知らない人はいないと思いますが、Wikipediaによるとストーリーは次の通り。
舞台は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。そこではモンタギュー家とキャピュレット家が、血で血を洗う抗争を繰り返している。
モンタギューの一人息子ロミオは、ロザラインへの片思いに苦しんでいる。気晴らしにと、友人たちとキャピュレット家のパーティに忍び込んだロミオは、キャピュレットの一人娘ジュリエットに出会い、たちまち二人は恋におちる。二人は修道僧ロレンスの元で秘かに結婚。ロレンスは二人の結婚が両家の争いに終止符を打つことを期待する。
しかし結婚の直後、ロミオは街頭での争いに巻き込まれ、親友・マキューシオを殺された仕返しにキャピュレット夫人の甥ティボルトを殺してしまう。ヴェローナの大公エスカラスは、ロミオを追放の罪に処する。一方、キャピュレットは悲しみにくれるジュリエットに大公の親戚のパリスと結婚することを命じる。
ジュリエットに助けを求められたロレンスは、彼女をロミオに添わせるべく、仮死の毒を使った計略を立てる。しかしこの計画は追放されていたロミオにうまく伝わらず、ジュリエットが死んだと思ったロミオは彼女の墓で毒を飲んで死に、その直後に仮死状態から目覚めたジュリエットもロミオの短剣で後を追う。事の真相を知り悲嘆に暮れる両家は、ついに和解する。
バレエでは、特にエンディングについて、いろんな演出や解釈があるようですが、熊川版ロミジュリは、基本的にこれをなぞっているようです。
バレエのストーリーについては、毎回いろいろと思うことがあるのですが、今回も観劇直後にある感想を持ちました。ロミオは、ジュリエットが死んでしまったと思い込み、彼女を追って自殺してしまうのですが、そこが問題です。「なんで男は、こうも堪え性がないんだろう」と思うのです。
もちろん、ストーリーがドラマティックになるためには、こういう筋書きがいいのでしょうけれども、ロミオの心がもう少し強ければ、ジュリエットが悲しまずに済んだ(というか死なずに済んだ)のに、と思うわけです。いつだってバレエのストーリーはこうです。ジゼルも白鳥の湖も、ラ・バヤデールも椿姫も、なんで男はだらしないのでしょうか。と言っても、そういう話なのですから、身も蓋もないのですけれども…。
さて、今回のキャストは次の通り。
- ジュリエット/康村和恵
- ロミオ/熊川哲也
- マキューシオ/橋本直樹
- ティボルト/清水健太
- ロザライン/松岡梨絵
- パリス/N.ヴィユウジャーニン
それぞれの踊りそのものについては、僕からみれば素晴らしいの一言ですので、何もないのですが、やはり熊川哲也さんのクルクル回るのは見ていて楽しくなりますね。ただ、いつもの「俺様を見ろっ!」という感じよりは、あくまでジュリエットの引き立て役に徹しているような気もしました。康村さんのジュリエットもとても素敵でした。しなやかで可憐な感じ。観ていて気持ち良いジュリエットだったと思います。
ちなみに、妻や妻の友人たちは、彼の動きはこうだとか、彼女の表現はああだとか、良くも悪くも鋭く迫っていくので、そういうのを身近で聞いてしまっていると、えぇ、このくらいのコメントしかまだ出来ません…。
ということで、今回自分の言葉できちんと語れるのは、東京文化会館の5階席から観た、という事実から起因する感想だけです。5階席で観るのは初めての体験。いやー、高角度から舞台を見下ろすというのは、なかなかでした。
ダンサーの動きや表情は、オペラグラスのおかげでしっかり見えましたので問題なし。面白かったのは、舞台装置や照明がとてもよく見えること。いつもそう思うのですが、Kバレエの舞台装置や衣装は、色合いが淡くて美しいから好きです。それに輪をかけて、今回は特に照明が印象的でした。妻が良く言うのですが、バレエは総合芸術、ダンサーだけでなく周りの人たちの努力も、僕ら観客が舞台に吸い込まれる大きな要因なのだと思いました。
それから、今日いい意味でずっと気になったのが、小さな音が良く聞こえること。ジュリエットが階段を駆け降りるコトコトという足音や、剣がぶつかり合う音はもちろん、ロミオの放つキスの音まで、一音一音が良く聞こえるのです。5階は音がよーく聞こえる場所なのだと思いますが、それだけではなかったのだと思います。これは、静かな客席があってこそ。Kバレエの魅力に、みんな見入ってしまった結果ではないでしょうか。
何はともあれ、楽しい観劇になりました。少しずつ、バレエを観に行く楽しみが分かり始めている自分が怖いです(笑)。
Blu-ray Discで楽しむ椿姫(La Dame aux camélias) August 15, 2009
Posted by marr0528 in Uncategorized.Tags: art, ballet, blu-ray, la dame aux camélias, viera
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42インチVieraが家に来てからというもの、芸術を家で楽しむことに喜びを覚えるようになったMarrさんです。こんばんは。
妻曰く「(他は殆ど持っているけど)このDVDは持ってなかった」という、パリオペラ座のバレエ「椿姫」のBlu-ray DiscをAmazonで購入しました。今日は、ほろ酔いで帰宅後に妻と一緒に観賞。
それにしても、古典バレエの演目にほぼ共通するストーリーがどれも「ダメな男(でも格好良いい/心が繊細)に、美しい女性が心引かれるけれども、彼のために最後は彼女は身を滅ぼしてしまい、男はそれに悔いて悲嘆する」というようなものが多い。「なんだそりゃ。しっかりしろ、男!女性の気持ちも推し量れ。」と、バレエそのものよりも、ストーリーに対して突っ込みたくなるのです。そう、一度ジゼルのときにこのブログでもしっかり突っ込みました。今日は、もう眠いのでこのくらいにしておいてやりますが、そんな、最終的には男がダメな、ノイマイヤー版の椿姫のストーリーはWikipediaによると次の通り。
プロローグ
亡くなった高級娼婦・マルグリットの邸宅で、彼女の遺品の競売が行われている。生前のマルグリットと関わりのあった人々が訪れる中、マルグリットの恋人であった青年・アルマンが駆け込んでくる。彼女の死を現実として突きつけられ、倒れこむアルマン。彼を助け起こした父のデュヴァル氏も、自分の家族と彼女のため良かれと思ってした事が招いた悲劇に苦しんでいる。アルマンは、見覚えのある彼女の数々の遺品を前に、マルグリットとの日々を回想する。
第一幕
(ピアノ協奏曲第2番) アルマンが初めてマルグリットに出会った劇場。艶やかに微笑みアルマンをからかう美しい彼女がどういう種類の女か知りながら、彼はマルグリットにどうしようもなく惹かれていく。舞台では『マノン・レスコー』が演じられるが、マルグリットとマノン、アルマンとデ・グリュが鏡像のように向かい合い、彼らの運命を暗示する。(第1楽章) 具合が悪くなり居室に下がったマルグリットを見舞うアルマン。彼の情熱的なアプローチにマルグリットも次第に心を動かされ、彼に椿の花を手渡す。(第2楽章、パ・ド・ドゥ) しかし、マルグリットはアルマンの想いを受け入れた後も、彼の気持ちにお構いなく相変わらず放埓な生活を続けていた。(第3楽章)
第二幕
夏、マルグリットはアルマンや友人達と田舎の家で遊び暮らしていた(ショパンのピアノ・ソロの小曲に合わせ軽妙な踊りが披露される)。その様を見たパトロンの公爵は激怒するが、マルグリットはアルマンを本気の恋人だと公言し、公爵との関係を断つ。マルグリットはもはや娼婦ではなく、ただの恋する乙女としてアルマンとの真実の愛に生きようとする(ピアノソナタ第3番第3楽章、パ・ド・ドゥ)。だが、二人の関係を知ったアルマンの父・デュヴァル氏がマルグリットを訪ね、息子と別れて欲しいと懇願する。内心ではデュヴァル氏と同じ事を考えていたマルグリットの脳裏に「マノン」の姿がよぎる。苦悩の末「自分は『マノン』にはなるまい」と、マルグリットはアルマンとの別離に同意する(前奏曲第15番)。アルマンの留守に手紙だけを残して姿を消したマルグリットを追って彼はパリに駆け戻るが、そこで見たものは自室に男を招き入れるマルグリットの姿であった。何も知らないアルマンはマルグリットに裏切られたのだと思い込み絶望に打ちひしがれる。
第三幕
冬、パリのシャンゼリゼでマルグリットとアルマンは再会する。マルグリットは病が悪化しやつれきっていたが、傍目には新しい愛人と以前通り華やかな生活を送っているように見えた。アルマンはマルグリットへの当てつけに、愛してもいないオランプと付き合い、ことさらに親しく振舞って見せるが虚しさだけが募っていく。一方で毅然と振舞い続けていたマルグリットも耐え切れなくなり、病躯をおして一夜だけアルマンの元を訪れる。最初は彼女を拒絶しながらも、もう一度やり直せるのではないかと思うアルマンと、彼に別離の事情を告げることはできず、また自分に残された時間はわずかだと覚悟もしているマルグリットの気持ちはズレたまま、それでも抑え難い情熱に突き動かされ二人は狂気のような最後の愛を交わす(バラード第1番、通称「黒のパ・ド・ドゥ」。なお、これに相当する場面はオペラでは描かれない)。しかしそれも一夜限りの事だと思ったアルマンは、舞踏会でマルグリットを散々苛めた挙句、「一夜の代金」の入った封筒を突きつける(=マルグリットを「恋人」ではなく「娼婦」として扱ったという意味)。最後のショックについにマルグリットは倒れ、アルマンは傷心旅行に出てしまう。
マルグリットはアルマンと別れた真の理由と彼への愛を日記に書き残していた。『マノン・レスコー』ではマノンは愛するデ・グリュの腕の中で息絶えるが、マルグリットは再びアルマンに逢うことなく孤独な死を迎えたのだった。
アニエス・ルテステュ演じるマルグリットの感情表現は、恋をしているときは初々しく、絶望を抱えているときには切なく悲しく、とても素敵なダンサーだと思いました。流麗なフレデリック・ショパンのピアノ曲にのせて描かれる全体の情景、心理的な動きの度に現れるマノンとの対比、なんとも美しい芸術に触れた感があります。
三幕分を2枚に分けて収録したブルーレイディスクの映像も音声も、非常に満足。作品の美しさを引き立たせています。この間は、劇場で観る芸術は、自宅で観るのに勝る、という内容を来ましたが、やはりそれぞれの良さがあることは実感。ディスク用に編集された映像ですから、舞台の端々で描かれるドラマをすべて拾えているわけではなく、そこには編集者の意図が入ってしまうのは、舞台を観る醍醐味を損なってしまいますが、42インチのプラズマ画面に大きく映し出されるダンサーの顔は、オペラグラスを通しただけでは、まず味わえません。しかも、画質の良いブルーレイですから、細部までしっかり見えます。これはすごい。なにせ、ダンサーは動きも美しいですが、多くの方は容姿も端麗ですから、もう見とれてしまいます。
と、とりあえず感想まで。
World Ballet Festivalで知る芸術の楽しみ方 August 12, 2009
Posted by marr0528 in Uncategorized.Tags: ballet, wbf, world ballet festival
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昨日までは満足できていたものが、今日になると満足できなくなる、そんな瞬間はいままでも何度かありましたが、今回はそんな話です。
8月10日は、バレエ三昧の妻にご招待いただきまして、行って参りました上野の東京文化会館、第12回世界バレエフェスティバル(Bプロ)!!
見てください、この燦然と輝くスターたち。これは、否が応でも期待感が高まります!

まず、僕のバレエ遍歴を少し。これまで、ウィーンで「ジゼル」を、ロンドンで「白鳥の湖」を、その後、東京でマラーホフが東京バレエ団で客演した「ジゼル」、吉田都がKバレエで踊った「海賊」、そして(オレ様ナニ様)熊川哲也様がKバレエで踊った「ジゼル」と、全幕ものを何度か観賞し、最近はスカパーのクラシカジャパンと妻のDVDコレクションで、かなり僕自身もバレエ三昧(でも詳しいことは何も知らない)になってきていました今日のこの頃ですが、劇場でのガラ形式はこれが初めて。こっそり楽しみにしていました。
三年に一度開催されるこのガラの面白いところは、なにはともあれ出演者が超一流なこと。みんな、いつも全幕ものでは自重しながら踊っていても、こういう機会では出番が一瞬ですから全力で踊るんですね。いやー、すごいすごい。
コンテンポラリーものは基本的にまだ理解出来ないので、ちょっと眠くなってしまったものもありますが、古典ものは知ってるのが多かったので、楽しく観ることが出来ました。以下、当日のプログラム。
第1部
- 序曲「戴冠式行進曲」
- 「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」マリアネラ・ヌニェス ティアゴ・ソアレス
- 「コッペリア」ヤーナ・サレンコ ズデネク・コンヴァリーナ
- 「アレクサンダー大王」ポリーナ・セミオノワ フリーデマン・フォーゲル
- 「海賊」より寝室のパ・ド・ドゥ シオマラ・レイエス ホセ・カレーニョ
- 「白鳥の湖」より黒鳥のパ・ド・ドゥ 上野水香 デヴィッド・マッカテリ
- 「パリの炎」 マリア・コチェトコワ ダニール・シムキン
第2部
- 「ナイト・アンド・エコー」エレーヌ・ブシェ ティアゴ・ボァディン
- 「スリンガーランド・パ・ド・ドゥ」アニエス・ルテステュ ジョゼ・マルティネス
- 「白鳥の湖」第3幕より ルシンダ・ダン レイチェル・ローリンズ ロバート・カラン
- 「マノン」より第1幕のパ・ド・ドゥ アリーナ・コジョカル ヨハン・コボー
- 「アパルトマン」よりドア・パ・ド・ドゥ シルヴィ・ギエム ニコラ・ル・リッシュ
- 「ベラ・フィギュラ」 オレリー・デュポン マニュエル・ルグリ
第3部
- 「海賊」ナターリヤ・オシポワ レオニード・サラファーノフ
- 「ル・パルク」ディアナ・ヴィシニョーワ ウラジーミル・マラーホフ
- 「ブレルとバルバラ」エリザベット・ロス ジル・ロマン
- 「エスメラルダ」タマラ・ロホ フェデリコ・ボネッリ
- 「オネーギン」より第3幕のパ・ド・ドゥ マリア・アイシュヴァルト フィリップ・バランキエヴィッチ
- 「ドン・キホーテ」スヴェトラーナ・ザハロワ アンドレイ・ウヴァーロフ
特に良かったのは三点。まずは、以前も観たことのあった貴公子ウラジーミル・マラーホフ様とディアナ・ヴィシニョーワの「ル・パルク」。モーツァルトのピアノ協奏曲(だと思う)は僕の大好きな曲でしたが、切ないピアノの調べに乗って、美しい二人が蒼い世界の中で何とも官能的に踊る、これはもう、何とも高尚な芸術に触れることが出来た、という満足感でいっぱいでした。こんな美しい舞台みたことなかった、ですよ。
もう一つは、マリア・コチェトコワとダニール・シムキンの「パリの炎」。実は、ちょっと眠たくなっていたところだったのですが、このシムキンくんのしなやかな体つきと柔らかな技さばきっぷりに、なんとも目が覚めてしまいました。劇場全体も甘い歓声の嵐。なんだか、この人だけ動きがちがうんです。この人、たぶん他の星の人なんじゃないか、ってくらいすごい。(ちょっと調べたら彼はTwitterしてるじゃないですか。さっそく、Followしておきました。)
それから、いつもながら生のオーケストラの演奏はやっぱりいい。今回のコンテンポラリーものでは、録音してある音源を流す場面も多かったので、どうしても生演奏と音の比較をしてしまいます。管弦楽器の音が素敵で、劇場で音楽を聴く良さを改めて実感しました。
ということで、様々なダンサーや演目に触れることの出来るガラは、これまでの知ることのなかったバレエの新たな魅力を教えてくれた気がします。なによりテレビではなく生で観ることの良さも再認識しました。オペラグラスを通して観ることの出来る姿は、やはりテレビの画面で見る世界とは違います。なんていうか、自分にわかる表現で言えば、これはデジタル一眼と銀塩一眼の違いに近い。うん。デジタルは便利でいいけど、アナログには敵いません。
最近はどうしても、3.5インチのiPhoneと13インチのMacBook Airの世界に入り込んでしまっていましたが、やはり劇場の空気感はいいなぁ、と思いました。と、芸術の楽しみ方を学んだ世界バレエフェスティバルでした。
実は、この「芸術の楽しみ方」には続きがあります。次回は自宅編、お楽しみに。

